Obesity
肥満治療
肥満外科治療とは
現在、肥満は世界的な「流行病」であり、現在世界で、21億人が過体重(Body mass index (BMI)≧25kg/㎡)または肥満(BMI≧30kg/㎡)と報告されています。(Lancet. 2014)
BMIというのは、体格を表す指数(体格指数)で、BMI(kg/㎡)=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で計算します。
日本では、BMIが25 kg/㎡以上であれば、肥満と定義されます。
(因みに海外では、BMIが25 kg/㎡以上は過体重、BMIが30 kg/㎡以上が肥満と定義されます。)日本で、BMI 25kg/㎡以上の肥満者の割合は、男性3割、女性2割にのぼります。(厚生労働省の「国民健康?栄養調査」2013
さらに肥満は、2型糖尿病、高血圧、脂質代謝異常、睡眠時無呼吸症候群などの生活習慣病と深く関係していることが知られています。
肥満治療の基本は食事療法?運動療法などの内科的治療ですが、BMI≧35kg/㎡の高度肥満の患者さんでは、内科的治療で一時的に体重の減少が得られても、リバウンドを繰り返し、長期的にみると内科的治療が成功しないことも多いとされています。
このような患者さんのために肥満外科治療が現在世界中で注目されています。
肥満外科治療とは、体重の減少を目的とした、おなかの中で行う胃の縮小を伴う手術です。脂肪吸引等は含みません。
肥満外科治療の手術件数は現在世界で年間約60万件とされており、海外では積極的に行われています。日本では認知度が低く、一部の手術しか保険診療として承認されていないこともあり、2012年は国内で年間に200件にも及びませんでした。しかし現在国内で年間400件を超えるようになり、増加傾向です。 (2017年のデータ)
日本で2014年に、厳しい条件を満たした施設が、保険診療で腹腔鏡下胃スリーブ状切除術を施行することができるようになりました。当院はその条件を満たし保険診療で腹腔鏡下胃スリーブ状切除術を施行しています。また、当院は日本肥満症治療学会が認めた、全国に現在17ある肥満外科手術認定施設のひとつです。
肥満外科手術を行っている施設とその状況(2019年1月現在)
<腹腔鏡下スリーブ状胃切除術>
腹腔鏡下で胃を細長く切り取り形成する手術です。
<外科的治療の適応>
当院での肥満症に対する外科的治療の適応としては、原則的に以下の通りです。
内科的治療抵抗性(6か月以上の内科治療にもかかわらず、減量しない、もしくはリバウンドしてしまった)を認める方で、BMI35kg/㎡以上の方です。
さらに、糖尿病、高血圧症、脂質異常症、睡眠時無呼吸症候群のうち1つ以上合併している患者さんです。詳細にはさらにいくつかの条件があります。
<肥満外科治療で治療効果がある理由>
肥満外科治療で治療効果が生じる最大の理由は、患者さんの生活環境や生活習慣を変えるからです。手術をしても、これらが変えられなければ、治療効果をあげることはできません。すなわち、体重は減らず、肥満に関連した合併症も改善しません。 手術は生活環境や生活習慣を変えるきっかけに過ぎません。
生活環境や生活習慣を変えるために、当院では、肥満外科治療チーム(内科医、外科医、管理栄養士、臨床心理士、内科及び外科看護師等で構成される)で治療を行っています。 この治療は、決してひとりの患者さんやひとりの医療従事者だけで可能となる治療ではありません。手術して終了する治療でもなく、手術後も専門的な食事療法や生活改善、サプリメントの内服等の治療継続が必要不可欠です。
<当院における腹腔鏡下袖状胃切除術の成績>
超過体重減少率(%Excess Weight Loss:%EWL)は、余剰体重の何%の体重が治療により減らせたかを表す指標です。
超過体重減少率(%EWL)=(体重減少量/(治療前体重- 理想体重)x100
理想体重のBMIは25kg/㎡で計算しています。
<肥満関連合併症の治療効果>
2型糖尿病:
腹腔鏡下スリーブ状胃切除術前に2型糖尿病をお持ちであった方は26名でした。そのうち、腹腔鏡下スリーブ状胃切除術後にインスリンや2型糖尿病に対する内服薬等が不要となり、HbA1c<6.5%となった(=寛解した)方は17名(65.4%)でした。術前に10名がインスリンを使用していましたが、そのうち7名が術後インスリン不要となりました(図3)。
高血圧:
腹腔鏡下スリーブ状胃切除術前に高血圧をお持ちであった方は23名、そのうち腹腔鏡下スリーブ状胃切除術後に降圧薬が不要または減量となり、血圧が正常となった方は16(69.6%)でした。(図3)血圧の状態が不変であったのは7名で、悪化した方は1名でした。
図3 当院におけるスリーブ状胃切除術後の肥満関連疾患に対する効果
ただし、以上の結果は今後手術件数の増加や、観察期間の延長等により変化することがあります。
<手術の合併症>
手術後、個人差がありますが、嘔気?嘔吐等の消化器症状を経験されることがあります。また手術により合併症が生じることがあります。手術の合併症は100%必ず起きるものではありませんが、手術という治療の性質上、合併症の頻度は決してゼロではありません。
合併症としては、術後出血、縫合不全、腹腔内膿瘍、消化管穿孔、膵液瘻、肝損傷、脾損傷、大血管損傷、胃管狭窄、敗血症、肺炎、ARDS、呼吸不全、肺動脈血栓塞栓症、心筋梗塞、心不全、ミオグロビン尿症、急性腎障害、急性腎不全、精神疾患の発症や悪化、既存疾患の悪化、栄養状態の悪化、やせ、経口摂取困難、逆流性食道炎等があります。術後死亡例も世界では報告されています。
<手術を受ける心構え>
「地道な努力なくして、健康なからだは手に入らない」
?手術を受ける皆さんは、通常のダイエットでは痩せることが困難で、最終手段として手術に臨むことになります。しかし、手術をしたら楽に痩せられて、健康になるという簡単なものではありません。
?術後は思うように食べることができない、吐き気がする、胸やけが続く、胸がつかえて苦しい、などの症状が続くこともあります。その辛い時期を乗り越えなければなりません。
?食べられなくなっても我慢できる、食べられるようになっても自分の好きなものではなく栄養を考えたものを選べる、ということが重要になります。
?安易な気持ちで手術を受けると、術後の食べられないストレスで精神的なバランスを崩してしまうこともあります。
できるだけ多くの情報を取り入れ、家族や医療者と相談を行い、肥満手術が自分に適した治療であるのかを十分に考えたうえで手術に臨んで下さい。
<肥満手術に関する私たちの方針>
リバウンドを起こさず、食事療法?運動療法の効果が続くようにする
食事療法?運動療法のみではリバウンド率が高く、長期的な体重減少効果や、心筋梗塞などによる寿命の短縮を十分に抑制できないと言われています。
【術前管理の方針】安全第一
安全に手術を行うために、内臓脂肪を減らしていく必要があります。術前の目標体重(少なくとも初診時体重の-5%)まで減量を行い、入院後も更に食事療法と運動療法を強化し最終調整をします。(手術日が決まっていても思うように減量が進まない場合は延期になることもあります。)全身状態を評価するために各種検査を行い、手術や術後の管理に対応できるかを確認します。また、禁煙が必須になります。
【術後管理の方針】脱水や血栓症の予防
術後数か月は、術前のようなスピードで食べ物や飲み物を摂取することができません。新しい自分に合った食習慣を身に付け、脱水や血栓症を予防するために飲水量を保つことが重要です。1日の飲水量が1.5L未満、尿量が800ml未満の場合は、退院を延期して経過観察をすることがあります。
<初診から手術までの流れ>
■1回目:内科診察、看護師からの説明?療養指導、栄養指導
■2回目:外科診察、臨床心理士面談、精神科診察(必要時)
※この後、肥満手術チームメンバーで、手術を受けていただく適応があるかを相談し、適応があると判断した場合は、次の段階に進みます。
■3回目~:内科診察、外科診察、臨床心理士面談、看護師の指導、栄養指導
※術前検査を進めていきます。
(胃カメラ、胃透視、CT、レントゲン、心電図、肺機能検査等)
※術前に患者会に参加していただき、手術を受けられた患者さんの体験談を聞いてもらうなど患者さん同士の交流を通して情報収集を行い、手術に対する意志を再確認してもらっています。
※術前目標の体重まで減量できたら、入院日?手術日を決定します。
■入院:約3週間
まず内科に2週間入院し、更に減量します。その後、手術を行い、術後約1週間で退院になります。
■退院後:月1回の外来通院
※状態により通院間隔は変わりますが、術後5年間は通院していただきます。
<患者支援体制>
安全に手術を行い、術後の減量効果を最大限に発揮するために、スタッフがチームを組み、皆様のサポートを行っています。
チームは医師(内科、外科、精神科、麻酔科、集中治療部)、看護師(外来看護師、病棟看護師、手術部看護師、集中治療部看護師、糖尿病看護認定看護師)、管理栄養士、臨床心理士、理学療法士、メディカルソーシャルワーカーなどの多くの職種で構成しており、必要に応じて連携できるよう支援体制を整えています。
減量手術を成功させるために -精神的支援-
手術は身体に行う治療ですが、減量手術による身体の変化、生活の仕方の変化に伴って心も影響 を受けます。この変化に上手に対処していくことが、 成功の秘訣とも言えます。
臨床心理士と看護師が、治療経過の把握、対処のアドバイスなど支援いたします。
<予想されるストレス>
これまでどのような方法でストレスを解消していましたか?
減量手術後には「食べる」「飲む」楽しみを持ちにくくなり、 食事会などの場でも周囲と同じように食べたり飲んだりできず 戸惑うことが起きます。
?このような時には手助けを求めましょう?
?手術前には予測していなかった自分の変化や周囲の態度にどう対処したらいいかわからない。
?「食べる」「飲む」以外のストレス発散方法が探せず、困っている。
?手術前には経験したことのないイライラ、憂うつ、不安、不眠などのために生活に支障がでている。
?手術をしたら解決すると思っていた問題が解決せず悩んでいる。
?手術をきっかけに生活環境や職場を変えたために相談できる人がいない。
<術前後の食事療法と栄養管理?運動療法>
【術前の食事療法】
手術は外科医が万全を尽くし行っていますが、高度肥満患者さんの手術は経験豊富な医師が担当しても非常に難しいと言われています。その為、術前に減量し内臓脂肪を減量することが非常に重要とされています。
手術をうける患者さんは、すでにさまざまなダイエットを行ってきたと思いますが、減量する基本は、下記の通りです。
? 腹八分目を意識する(特に夕食)
? ゆっくり、よく噛んで食べる
? 緑黄色野菜を増やす
? 食物繊維の多いものを増やす(きのこ?海草)
? 間食やジュースを控える
? 油っこい料理や肉類を控える
? めん類+ごはんなどの偏った食事にも注意
? 深夜のどか食いに注意
しかし、通常のダイエットで減量することが困難な場合には、フォーミュラ食の導入を行います。フォーミュラ食は、蛋白、各種ビタミン、微量元素を総合的に補うことができ、減量時の補助食として用いることができます。1日1食をフォーミュラ食に置き換える(下図)ことで、摂取エネルギーが低下し、減量することが可能となります。 術前の減量が成功しなければ、手術を受けることはできません。初診時の体重の5%を減量することが“手術条件“となります。
朝 | 食事 |
---|---|
昼 | 食事 |
夕 | フォーミュラ食 |
【術後の食事療法】
手術が終わると胃のサイズは、110-170ccとバナナ程度に小さく変化します。しかし!普段通りに食べてしまうと吐き気や嘔吐など体 調の変化があります。また、それだけでなく、胃は伸縮するために普通に食べてしまうと6-9ヶ月間で元の量を食べることが可能となってしまいます。そのため、術後の食事は段階食とする必要があります。
はじめは、大さじ2~3杯で満足感を得ることができます。その状態を出来るだけ保持するために、 制限食を半年間以上継続いただくことが”手術成功のカギ”となっています。術後は、赤ちゃんの離乳食のような食事とフォーミュラ食を併用していただきます。
食事の制限は下記の通りです。詳細は手術前に担当管理栄養士からご説明致します。
?糖分の多いものは控える
?揚げ物や脂肪分を控える
?食事は3食にとどめる
?1回の食事量が多くなりすぎないように八分目に食べる事
?水分は脱水予防のため、日に1.5-2リットルは飲みましょう。
?食事が少ないため、サプリメントの併用が必要となります。
【運動療法】
長期間体重を落とすためには、運動が重要です!術後6週間は、歩行が最も有用です。6-8週間以降は、さらに強度を高めていきましょう。